男はもはや屍と同様だった。

 何故生きているのか、それさえ疑問の体であった。

 彼は倒れ伏し、今か今かと逝く時を待っていた。

 むしろ、現状が続くのであればいっそ逝くことさえ望んだ。

 嗚呼、




 太陽が、眩しい―――








 ソル=バッドガイは、最早言うまでもなく賞金稼ぎである。
 科学者としても有名であったが、その面影はここ百年あまりの間にめっきりナリを潜めていた。
 とはいえ、彼の身体までもが科学者時代のことを忘れているのかといえば、そうでもない。
 不意に投げかけられた演算式にはほとんど反応するし、新しい法則などが見つかれば大抵眼を通している。
 そうしたことが未だに残っているソルにとって、この時期は非常に嫌なものであった―――。

「あぢぃ」

 蹴破るようにしてカイの執務室を開けたソルは、開口一番に言った。
 思わずのように固まるカイ。
 だが、それを気にする様子なく、氷の法術が組み込まれた室内冷却機の傍に寄ると座り込んだ。
 止め切れなかったらしい部下たちが、申し訳なさそうな視線を注いでくるのが眼に留まる。
 やんわりと微笑みつつ、気にしないで欲しいことを告げると、平身低頭で視界から消えられた。
 カイにしてみれば、怒る理由がない。
 この男を止められる人間がホイホイいるというのなら、ぜひとも現状の椅子を渡したいところだ。
 あ゛―――――、と涼むソルの様子を眺めていたカイであったが、その様は非常に情けなくて数瞬目を背ける。
 そう言いはしても、視界にこの赤がある限り集中などとは縁遠くなっている自分の状態は自覚している。
 嘆息をひとつついて、聞こえているかもわからない男に声をかけた。
「あ?」
「なにしに来たんです、一体」
「涼みに」
 間髪入れぬ言葉にやっぱり、と項垂れる。
 別に彼がこのようにして押しかけてくるのは、初めてではない。
 ブラックテックが違法のものとして扱われてから、生活は法力に頼るものへとシフトした。
 だからといって、民間にそこまで旧時代同様のものが浸透しているのかといえばそうではなく、あくまでも不便にならない程度のシロモノという程だ。
 当然、エアコンなんぞ一般の、しかもソルが普段使うような安宿に、常駐しているわけがなかった。
 もっとも、根無し草のソルであるのだから、持ち歩くにしては大きすぎるこんなもの、本当に欲しいわけではないのだが。
 それでも文句のひとつも言いたくなるのは、外が四十度近いためだろう。
 ちなみに室温は二十九度。とはいえ、室内は冷気で冷やされているのだから体感温度はもっと低い。
「一台寄越せ」
「お断りします。貴重なものなんですから」
「チッ、ブルジョワが」
「否定はしません」
 高給取りなのは事実である。
「仕事帰りですか?」
「あぁ」
「ギア相手で?」
「当然だろ」
「………この暑い中、ご苦労様です」
 しみじみ言うカイに対し、冷却機の前に座り込む男は鼻をは鳴らした。
 なにも、悪意あって言うわけではない。
 夏場の戦場というのは、冬場とはまた違った過酷さがあるのである。
 なにしろ暑い。テンションが保てない。
 無論、暑さゆえにテンションが高くなる人間もいるだろうが、ソルにしろカイにしろその類の人間ではない。
 さらに毛長種のギアの場合は、視覚的に大変暑苦しい。
 最後に、ソルが扱うのは炎の法力であり、いやでも技を繰り出す際に熱風とよろしくしなくてはならない。
 等の理由を知っているだけに、カイから出たのは皮肉ではなくねぎらいの言葉だったのだ。
「なにか冷たい飲み物を用意させますか?」
「いらねぇ、涼ませろ」
「わかりました。………ねぇ、ソル」
「あぁ?」
「うちにも、それと同じ型のものが、あるんですよ」
 よろしければ、寄りませんか?
 くるくると、手慰みにカイの手の中でぺンが揺られている。
 肩口に振り返る形のソルであったが、しばしその姿を見つめると、不意に身体を戻した。
 駄目か、と、半ば以上予想していた通りの展開に、聞こえぬ程度の苦笑を落とす。
 いつまでもサボっているわけにもいかない書類へ向かったところで、首を反らせてソルがこちらを向いてくる。
 ポニーテールが、危うく床に着いてしまいそうだ。
「寒いくらいにまでしてヤるか?」
 にやりと輝くのが、獣の瞳。
 不意打ちのそれに、カイの手といわず全体が止まる。
 間抜け面、喉奥で男が笑い、また冷却機に向かった。
 室温は快適な温度を保っているというのに―――。


 カイの顔は、真っ赤だった。



―――嗚呼、暑い、理由は………


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銀猫さんのところからがめてきました。
いえ、フリーと言う事でしたので有り難く頂いてきたのですが。
うふふ、仲の良いカイソルも良いですねv(語弊のある言い方
勝手ながら有難うございました!
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