閑談
  -Causerie



 国際警察機構室長カイ・キスクは仕事場の応接室で縁談話を持ってきた上司に彼らしからぬ間抜けな疑問符で答え

た。

「はぁ、じゃないだろう。ついこの前のパーティで紹介したお嬢さんがいただろう」

「えぇ、それは憶えていますが」

 カイはつい先だって25歳の誕生日を迎え、それを祝う盛大なパーティが行われた。

 こんな面倒なものが行われるなら戦場で団員達と粗食を喰らって和やかに過ごした誕生日の方がマシだった、とベル

ナルドともう一人に零したのだがそれは目の前でニコニコとそのお嬢さんの長所を語る上司ではない。

「確かお父上がオーストリー政府の高官だったと思いますが」

「そうそう、その彼女が君を大層気に入ってね。どうだろう、婚約してみては」

「今サラッと婚約と仰いましたね、結婚前提ですか」

「君ももう身を固めて良い歳だと思うよ。今までもそういう話がなかったわけが無いだろう?」

 勿論無いはずがない。

 国内外の有力者が娘や姪、果ては妻をもカイの元へ送っているのはその筋では有名である。

 カイは聖騎士団最後の団長にして聖戦を終結させた立役者であり、現在も手足のように使える元聖騎士団団員を率い

て国際的な治安に尽力する有力者なのだ。

 それだけでも女が集まるのには十分だが容姿端麗で品行方正なうえに年若い。

 日陰者ででも良いからと媚を売る女もいるし、今回のように政略結婚を目的として送り込まれてくる淑女も多い。

 だがこうして面と向かって、上司を経由しているので直接とは言えないかも知れないがこのような正攻法で婚約を迫っ

てきたのは珍しい。

 これも一つ、歳をとったせいか。

 このような雑事が増えるのでカイは会食の類は嫌いだ、と再認識する。

「申し訳ありませんが、お断りします。と先方にはお伝え下さい」

「いくら何でも返事が早いよ。そう、一度プライベートで会ってみると良い。とても良い子だからね」

「それは命令ですか」

「馬鹿言っちゃいかん。ただのお節介だ」

「それこそありがた迷惑です。大体私と結婚すれば常にマスコミに晒され誘拐の危険が付きまとう事になるんですよ。そ

んな男に嫁がせたがる親は子供を政治の駒としか見ていないのではないのですか?」

「君、失礼にも程があるよ。口を慎みたまえ」

「慎んでどうなります。事実を指摘しているというのに」

「だから、彼女が気に入っただけで親御さんは関係ないと言っているだろう。彼女とは小さい頃からの付き合いなんだ。

どうしても、と頼まれて来たんだよ」

「でしたら尚更私と付き合う事の危険性をお教えするべきでしたね。とにかくお断りです」

「君も頑固だな。同性愛者という訳でもないだろうに」

「えぇ、違いますよ。私は単に今結婚する気はないと言っているだけです」

 少々太り気味の上司は『今』という言葉に腹を、もとい身を乗り出す。

「では結婚する気が全くないわけでは無いのだね?」

「何を想像したのかはお察ししますが」

 カイはうんざりとした気分を奮い起こす為紅茶に口を付けてから答えた。

「私は生涯の伴侶を既に決めているんですよ」

「何!?それは初耳だぞ!」

「実は何度もプロポーズしているんですがその度に振られていまして」

 その時の光景を思い出してかカイの口元がほころぶ。

 表情が仕事中のものとは違う柔らかなものになった事に上司は気付いただろうか。

「ほー、君に口説かれてそれを突っぱねる。想像できかねるな」

「ベルナルドに訊いてみれば私が時々愚痴を言っている事を証言してくれます」

「そこまで言うならそうなんだろうが、君はそんなに口説き下手かね?」

 未だに信じられないのか首を捻る男の様子にカイの方が苦笑する。

「その人に会うまで私は自分が拒否される事自体想像できませんでしたよ」

 これも相当な台詞だが上司はカイが振られる様子よりそちらの方が想像するに易かったらしくそうだろうと頷いた。

「そうか。では彼女にはそう伝えるが、残念だ」

「申し訳ありませんが、お願いします」

「それにしてもどんな女性だ?君を突っぱねるとは」

 カイは僅かに苦笑し視線を天井に転じると、その人物を思い起こすように小首を傾げながら口を開く。

「傾国、傾城というのはあの人の為にあるような言葉ですね。とても綺麗ですよ。しかも綺麗なだけではなく頭も切れま

すし、何よりも私より強い」

 上司は弛んだ顎に皺を増やしてあんぐりと口を開いた。

「君より強いとは、いくらなんでも…」

「事実ですよ」

 にっこりと笑う様子に嘘は微塵も見えない。

「だから私はその人しか要らないんです」

 その笑顔は綺麗すぎてどこか狂気じみてすらいるがそれを見抜けるのは彼に近しい者の極一部だけであり、上司は

それに全く気づけなかった。

「そうか。まぁ、気が変わったらいつでも言ってくれ」

「その時は、お願いします」

 綺麗な笑顔のままでカイは嘘をついて仕事があるからと雑談を切り上げた。





「と、言う事があった」

「いや、どうしてそのつまんねぇ話がこの指輪になるのか説明しろ」

「プロポーズしているつもりなんだが」

「大・却・下」

 ソルは無理矢理カイに渡された小箱を突き返した。

 中では先程ソルが言った指輪が取り上げられる事すらなく鎮座している。

 きちんとソルの指に合う大振りなサイズのそれは腕や台座の細工、石の質、大きさから見ても超のつく一級品である

事に間違いない。

 ソルは物の値段が解らない男ではないのだが、受け取ったが最後、勢いで結婚会見から式、披露宴、新婚旅行まで

やりそうで恐い。

「今年も駄目か」

 カイは突き返された箱を開けて指輪を取り出す。

 直線と曲線が絡み合い指輪全体に赤と黄色の石が散りばめられたそれは受け取らないソルを非難するようにチカチカ

と輝いた。

 対になるカイが持つはずだった指輪はほぼ同じデザインだが赤い石が青になってる。

 どちらにしろ着けられる事もなく造り主の元へ返品されるのだ。

 初めてカイがソルに指輪を贈ったのは2年ほど前の事になる。

 物が物なだけに迂闊な店で買う訳にもいかず、ばれてしまえば当然大騒ぎになるので、個人営業の頑固な職人の店

に頼んだのだがソルはこれを受け取らず、彼らの詳細を知らない店主が激怒して必ず貰いたくなるような指輪を作ると毎

年無駄に作られるようになった。

 彼の努力が報われる事は、おそらくこの先も無いだろう。

「テメェも大概で諦めろ」

「お前以外で結婚したくなるような人ができれば諦めよう。私にはちょっと想像がつかないがな」

 くぐもった音を立てて箱を閉ざしたカイは相当な値段がするだろうそれをあっさりと鍵もついていない引き出しに仕舞っ

た。

「別に女が嫌いってわけでもねぇだろうが」

「嫌いではないが、好きでもないなぁ。単に抱くだけなら女の方が面倒が少ないから楽で良いが、私はパートナーが欲し

いのであってダッチワイフなら不自由していないから必要ない」

 しばしソルが沈黙したのは何処から突っ込むべきか迷ったからだが何を言っても無駄そうだという結論に落ち着いた。

 ソルは普段物事に頓着しないくせに時折自分に対して妙な執着心を見せるカイの狂気を、はっきりと意識しないまでも

感じ取ってはいた。

「何で俺がお前のパートナーなんぞにならなきゃいかん」

「まず、強いから私が守る必要がないだろう、何処に連れて行っても見栄えがするし、頭も良いから安心して仕事の話も

できる。それと何処の勢力も気にしなくていいのも大きいな」

 カイは律儀に指を折りながら数える。

 その様子をソルは、あぁ、根本的に結婚を間違えてんなぁと他人事のように見ていた。

 しかしカイのような立場にいればこれらは笑い事ではない。

 カイ自身が言ったように誘拐や暗殺の危険性は常にあるし、マスコミにとっては最高のエサだからある程度の見栄え

が必要だ。

 軽々しく部外秘を漏らすような人間が家に居るのは邪魔だろうし国際的なパワーゲームのなかで最良の選択は存在し

ないに等しい。

「性別はどうでも良いのか」

「パートナーシップ法があるぞ。問題ない。ヴァチカンは多少煩いだろうが、破門まではできんだろう」

 仮に破門してしまうと悲劇性が高まるだろうし、どこかのプロテスタントの教会がこの婚姻を肯定してしまえばそこの牧

師は改革者と持ち上げられかねない。

 それに嫌悪を示す人間の数も多いのだろうが、同性愛者の数は決して少なくはない。

 蛇足ながら付け加えると戸籍などカイの立場なら簡単に作る事ができるし経歴もしかりだ。

「テメェに言い寄る女共は可哀相だな」

「お前が結婚してくれたらそんな可哀相な女性が減るんだが」

「無くせよ、減らすんじゃなくて」

「政治屋のやることだから無理だと思うが」

「それもそうだな」

「じゃあこの指輪を」

「大却下」

 カイは素早く小箱を取り出したが眉間に拳を突きつけられて渋々仕舞う。

「ソル」

 不意に呼ばれてソルがあ?と口を開くとカイがそれを塞いだ。

「今年のプレゼントもこれで我慢しよう」

 にっこりと飾り気無く笑うカイに、反論する気も失せてソルは溜息を吐いただけだった。



end

'06.11.20  月代 燎
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人間やればできる!後半がグダグダとか心無いツッコミは嫌いです。
…あとまぁ、性格悪い団長で申し訳ない。これでも祝っているつもりです。
ともあれ団長&市村ハピバー!


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