信仰告白
  ---Credo



 国際警察機構室長室。

 カイの執務室では規則正しいペンの音が鳴り、ソルはその音を聞きながら本を読んでいた。

 何の事はない、フランス国内に入った途端待ちかまえていたカイの部下達にここまで引きずられてきただけだ。

 ギアの情報をネタに。

 現在表立ってギアに関する資料を集められるのは国際警察機構だけであり、特に対ギア戦において重用されるのは

元聖騎士団団員だ。

 そして今でもカイは団長と呼ばれる程慕われている。

 普段私情を言わないカイが我が儘を言うのはソルに関してだけであって、部下達もそれをよくよく知っていた。

 またソルがかつて隊長を務めていた隊の部下も多くいるので何を条件として取引してくれるかもある程度承知している。

 かくしてソルは不承不承カイの部屋まで連れてこられたと言う訳だった。

 だからといってカイが仕事を投げ出せばソルはどんな情報を引き合いにしても出て行くだろうし、カイもそれを解ってい

るので明日の休みを取る為に常の倍以上働いているのだった。

「ソル」

 前触れもなく名を呼ばれたソルは本から顔を上げカイを見遣る。

「ソルという名は何故付けたんだ?」

 ソルはしばらく黙考し、口を開いた。

「坊や、仕事が嫌ならさっさと止めちまえ」

 質問には答えていないがごく建設的な意見ではある。

 急に休みを取ることにしたのでどうしても今日中にある程度の仕事を終わらせておかねばならないのだがこれがなか

なか終わらない。

 ソルはそのストレスの為にカイがこんなことを言い出したのだろうと推察し、それはほぼ当たっていた。

 少しソルの予想とずれていたのはカイにとってのご馳走を目の前にして食べられないという所だったが、こちらはソル

にしてみれば気付きたくないことだろう。

「そんな事をしたら明日休めなくなるだろう」

「だったら直ぐに終わらせるんだな」

 腱鞘炎になるとぼやきながらカイは再びペンを走らせる。

「そもそも明日休まなきゃならん理由があるか?」

「せっかくお前がこっちにいるんだから一日くらい一緒に過ごしたい」

 いつの間にか今夜だけでなく明日までカイの家で過ごす事が決まっているようだ。

 宿代、酒代が浮くので別に異論はないのだが今からでもホテルを取ろうかと意地の悪い事をソルは考えたが、今更足

掻いても強引にカイに連れて行かれる事は今までの経験から容易に想像出来るので実行はしない。

 何よりその後が恐い。

「で?」

「あん?」

 主語も述語もない一音に読書を邪魔されたソルは不機嫌な声で返事をした。

「名前だ。何故太陽と?」

 ペンは几帳面な音を立てて字を連ねている。

 無視しても良かったが仕事は真面目にしているしまぁいいかと答えた。

「無分別なガキに危ないオモチャ持たせて地上を灼いたアホ親父に因んでだ」

 あまりの言い草にカイが手を止め呆れた視線を向ける。

 正確に言えばソルは名詞として使用される事の方が多く、確たる神格が存在しない為神話もない。

 同一視されるヘリオスとてロドス島以外での信仰は殆ど無いがギリシャ神話の太陽神アポロンの神話は数多くある。

 アポロンはクリメネというニンフに息子を生ませておりその息子、フェートンがはるばるアポロンに会いに来た際彼の望

みを何でも叶えるという宣誓をしてしまった。

 少年の望みは太陽神のみに任されている太陽の二輪馬車に乗る事だった。

 宣誓した神自身がそれを破る訳にもいかず結局息子を太陽の馬車に乗せる事になる。

 大神ゼウスにすら御せない四頭の炎の馬を少年が操れるはずもなく、黄道を外れた炎の戦車が山を灼き、河を枯らし

下界全てを焼き尽くしそうになったので大神ゼウスが雷でこれを打ち壊した。

 ソルが言っているのはこの話の事だ。

「他の言い方はないのか…」

「テメェが持ってるのが何か理解してねぇ奴はアホで十分だ」

 言って意味ありげな視線をカイに向ける。

 当のカイは肩を竦めて大人しく仕事を片づけることにした。

「そう言うテメェもご大層な名前じゃねぇか」

 ソルが本に目を落としたまま言うとカイは不思議そうに再びソルに目を向ける。

「ギリシャ語の χ はイエスを指すだろう?」

 カイは心底驚き、数回瞬きをして口を開いた。

「それを当てられたのはクリフ様以来だ」

「気付きそうなもんだがな」

「まぁ大胆に過ぎるというか、それとなく気付いていても知らない振りをしてくれているのかもしれないな。下手をすれば

不敬罪に問われかねない」

 ギリシャ語でカイと言えば χ を示し、それはまた磔刑に、十字架にかけられたイエス・キリストを密かに指す文字でもあ

る。

 聖人や天使の名を子供に付ける事はあるが暗喩とはいえイエスに関連する名前を付けるものは絶無だ。

「私の生家には古いしきたりが残っていてな。妊娠した女性は伴侶と共に‘森の魔女’に会いに行く」

「魔女?この時分にか?」

「あぁ、私も小さい時にお会いした事があるが優しいおばあさんだった。そこでその方に生まれてくる子供の名前を助言

して貰う。水に関した物が良ければガブリエルとかな。そこで父と母も会いに行ったんだが母のお腹に触れると一瞬だ

が周囲に雷が走ったそうだ」

 ソルは驚き、その様子にカイ苦笑しながら言う。

 特定の属性に特化した人間はごく希に胎児期からその適性を見せる事がある。

 例えばパイロキネシストが胎児であった場合母体に危害を加えようとする物が突然発火したり、母体諸共に焼死して

しまったという話がある。

「物騒なガキだ」

「全くだ。封印処理をして貰って大事には至らなかったそうだが、名前をどうするかでかなり揉めたらしい。彼女はオーデ

ィンを薦めたが我が家は代々キリスト教徒だからそれはできないと断った」

「ならそもそも魔女の所なんか行くな」

「伝統と教理が両立出来ないとは思っていない」

「イエス教ってな土着神を殺して取り込んで制圧して世界一になったんだ、できない訳がねぇだろうな」

「やけに絡むな」

「嫌いなんだよ」

 珍しく饒舌なソルにカイは苦笑し、指摘された事が面白くなかったのか単純に宗教が嫌いなのかソルは嘲笑に顔を歪

めた。
 
「あとはグングニルとかスレイプニルか?じゃなきゃ、ティールあたりか」

 グングニルは北欧神話の主神オーディンが持つ槍で雷の破壊力を、スレイプニルは八本足の駿馬で雷の疾さをそれ

ぞれ示す。ティールは雷の鎚を持つ猛々しい闘神だ。

「あぁ、他にも雷が絡む主神級の神々の名が出て大いに口論になったらしい。父が帰ろうとすると妥協点としてこの名が

出て、これも断ろうとしたそうだ。しかしこのくらいの名でないとその子供は運命に負ける、と大変な剣幕だったらしい」

「運命?」

「そう、運命だ。それはまた世界の運命にも関係すると随分脅かされたんだと。私がこの話を聞いたのは騎士団に入る

直前だったが、ならば何故私はあの時母を助けられなかったのかと問うた。聖母は死ななかったのに」

 カイの母親は彼が九つの時にギアに殺されている。

 だがカイは淡々とそれを語り既に過ぎた事として扱っていた。よくある事だとでも言うように。

 実際ギアに親を子を殺されたという話はよくあることだ。未だに戦災孤児は多い。

「私なりにつけた結論だが、御子ですら全人類の罪を濯ぐのに地上に生まれたその命を捧げねばならなかった。

神ですら、いや、神だからこそ掟を破る事はできない。

人はどう足掻いても死ぬ。

ならば人の法に従い、なおギアに打ち勝ち戦い抜く事で主の御技を証明出来るのではないかと考える事にした。

人としてギアを倒し生き抜く事が私の信仰の証だ」

 カイは言いながら胸に手を当てる。

 服の下にはいつものように十字架をつけているのだろう。

 ソルは不意に顔を背けて席を立ってしまった。

 当たり前のように死を受け入れ、それでも生きる覚悟をつけているカイに対する罪悪感がわいたのかも知れないし、も

っと別の理由からかも知れない。

 ただどうにも居たたまれなかった。

「ソル」

 読みかけの本もそのままに部屋を出ようとするソルにカイが何かを放り投げる。

 咄嗟に受け取ったそれはカイの自宅の鍵だった。

「先に行っていてくれ。なるべく早く終わらせる」

 いつもの天使様の笑顔を見せ微笑するカイにソルは軽く肩を竦めていつも通りの足取りで出て行く。

「お前が気にする事なんて何もないのにな」

 それだけを呟くとカイは残りの書類を終わらせる為に再びペンを走らせ始めた。



'06.05.11  月代 燎

えーと、随分放置していて済みませんでした。
ネタ自体は結構以前からあったんですが形にならなくてほったらかしにしていました。
神話系の説明を何処まで入れるかで一番悩みました。
カイホーシナリオの団長は嫌いです。生も死も軽くて簡単すぎなので。



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