仇敵
 -L'Ennemi




 そこは戦場だった。

 百年にも及ぶ人類と生物兵器ギアとの聖戦。

 その無数にある戦場の一つで彼は今し方自分で倒したギアの死骸の上に立った。

 人類が対ギア戦において孤立する事は即、死を意味するが数少ない例外が彼。

 実戦で使うのが不可能と言われる雷を操り精妙な剣技で生物兵器を屠る、聖騎士団最年少の大隊長であり団長候補カイ=キスクだった。

 血で汚れた聖服を翻し自分が指揮するはずの大隊が居るであろう方を向く。

 カイは指揮もこなすがその実力故に度々自らで遊撃的な行動もとっていた。

 戦闘そのものは殲滅戦になっておりカイ自身が指揮するまでもないだろうが、油断は禁物である。

 隊に戻ろうと視線を足下に戻す途中でカイはざわりと背筋が粟立つのを感じた。

 そこには先程まで居なかった男が立っている。

 褐色の髪の赤い男だ。

 服の色もだが、カイの直感はこの男が歴戦の戦士である事を悟りそれが服と相まって赤いというイメージを植え付けたのだった。

 気配は全く感じなかったのに視界に収めたその存在感は他に類を見ない強烈さだった。

 この戦場にいると言う事はギアにかけられた賞金目当ての賞金稼ぎだろう。

 カイは賞金稼ぎが嫌いだ。

 誇り無く、節度無く、平気で聖騎士団の戦場を荒らす彼らを軽蔑すらしている。

 不意に低い笑い声が響き、男が口を開いた。

「はぐれたか、坊や?」

 そう、そしてこの不遜な態度。

 カイは自身の容姿が侮られやすいのを理解しているが侮辱されてやって良いとは欠片も思っていない。

「私は聖騎士団物理攻撃部隊大隊長カイ=キスクです。見ず知らずの方に坊やなどと呼ばれるのは心外ですね」

「…カイ…キスク?」

 男が顔を上げた。

 カイは血がざわめくのを感じて剣の柄を強く握る。

 カイの印象は正しかった。

 切れ長の男の目は赤と金というギアを彷彿とさせる色だったのだ。

 何かに驚いているらしく鋭さが僅かに抜けた眼をカイは力を込めて睨み付ける。

「そうだ、私がカイ=キスクだ。貴様も名乗ったらどうなんだ」

 侮辱されていると、そう思った。

 カイの名は聖騎士団最年少の大隊長として売れているが職務を理由にマスメディアへの露出は少ない。

 その為初めてカイに会った人間が彼を傀儡と思うのも当然と言えた。

 カイはその度に認識を正すのだが、正直な所うんざりしていた。

「…ソルだ」

「そうか。ではソル。ここは聖騎士団の戦場だ。大型ギアも居ない。すぐに立ち去れ」

 ソルの眉間に皺が寄り舌打ちの音が響く。

「坊やに命令される謂われはねぇ。テメェこそさっさと部隊に戻ったらどうだ」

「貴様等賞金稼ぎはすぐに戦場を荒らす。迷惑だ。何より負うものも誇れるものもない貴様等は不愉快だ」

「ガキ扱いされるのがそんなに嫌か?坊や」

 唇がクッとつり上がる様を見てカイは逆上した。

「貴様に侮辱される憶えはない!」

 言うが早いかカイが容赦ない一撃を繰り出す。

 怒りにまかせた一撃だがそれは正確にソルの額当てを二つに割る軌道であり、その鋭さは賞金稼ぎ如きが止められようはずのないものだった。

 しかし、耳障りな高い音を立てて弾かれたのはカイの剣だった。

 手甲は千切れ、はじき飛ばされた剣が地面にザクリと突き立つ。

 カイは信じられない思いで間近に迫ったソルの顔を凝視した。

 あまりに近づきすぎて投げる事すら難しいほどに密着されている。

 切れ長の眼は楽しげに眇められており、触れそうなくらいに近付いた唇は笑みの形に歪んでいた。

 その表情は猫科の肉食獣を思い起こさせ艶めかしく、男の顔立ちが雌であるかのような色香を漂わせている。

 娼婦のような、ではない。

 娼婦よりも、女よりも、もっと本能的な雌の芳香だ。

 一瞬で剣を飛ばされ間合いを詰められた怒りが湧いたのはそう考えた半瞬後だった。

 まさか聖騎士団の攻撃大隊を預かる己が一撃で剣を落とされ無様にも間合いすら相手に取られるとは。

 しかもそれがこんな盗賊まがいの賞金稼ぎに、だ。

 今の攻撃は確かに感情にまかせた性急な読みやすい一撃だったかもしれないが、容易に防がれるようなものでもない。

 カイは侮辱には相応の代価を支払わせてきたのだ。

 だがソルはギアの骸の上に立つカイを見上げて喉の奥で笑う。

 その仕草にまたカイの背筋がざわついた。

 この悪寒は超大型ギアを前にした時のようだと顰めっ面をまた不快げに歪める。

「確かに随分できるみてぇだが、そんなに短気で指揮が務まんのか?」

 囁くような言葉で僅かに呼気がかかった。

 あと僅か、身体を傾ければ唇が触れ合う距離だが、当然のように甘さは欠片もない。 

「煩い黙れ。貴様には関係ない事だ」

 彼の認識は正しい。

 いきなり剣を向ける事の方が間違っている。

 ましてやここは人間とギアの戦場なのだ。

 そして認めたくはないが、この男はカイよりも強い。

 いつもなら突然剣を向けてしまった事も、その強さも認めることができるはずだ。

 だが焦燥感が、この衝動を焦燥と呼ぶのかは知らないが、憎悪と憤怒を呼び冷静になる事ができない。

 いっそ殺意すら抱いていると言って良い。

 酷く昏いその感情は、むしろギアに対する瞋恚に近い。

 己の中にこれほどの激憤があったのかと思う程に苛烈な情動はカイの中に常にあった冷徹な思考を灼いていく。

 カイは身の内に在る凶暴な憤怒や憎悪と言った言葉すら生温い、天を裂く激甚な雷そのものであるかのような感情をいっそ冷静に受け入れた。

 その程度の激烈さがなくて地を覆い尽くす程生物を斬れる訳がない。

 他人の命を犠牲にしてまで闘えようはずがない。

 何故今まで気付かなかったのか不思議なくらいの自然さでカイは己の昏い淵を呑み込んだ。

 ソルが訝しげな眼をしていることでカイは自分が嗤っている事に気付いた。

 そしてソルも、怒気を現していた気配や表情が落ち着いた、しかし禍々しさを内包した笑みに変わった事に内心胸騒ぎを憶える。

「お前等、何してんだ?」

 傍目には脳天気そうに、だが2人の戦士に全く気配を感じさないままにかけられた声があった。

「クリフ団長!」

 男は30歳をいくらも出ていないかのような偉丈夫だが、それは彼自身が『気』の使い手で肉体を一時的に若返らせている為だった。

 現聖騎士団団長クリフ=アンダーソン。

 普段は60歳過ぎの頑固なご老人だが、若返っている時は肉体年齢相応の気持ちでいるらしく少々雑な性格と口調になっている。

 警戒心を抱かせない自然な動きでソルが身を離し、その動きにまたカイはソルの実力を知る。

「坊やが突っかかってきたから少し遊んでやっただけだ」

「貴様!無礼にも程があるぞ!」

「気にすんな。そいつは俺の古い知り合いだからな。ついでに、今日から物理攻撃小隊を一つ任せるからそのつもりでな」

 軽く肩を竦めるソルにカイが報告も忘れて怒鳴るとクリフがあっさりとそう言った。

 殺意すら抱く相手が自分達の誇り高い聖騎士団に、それも初めから隊長として、なにより自分の部下として迎え入れられると言われたカイはあまりの事に言葉を失う。

「そんな、こんな男を使えと?!」

「ウゼェ餓鬼だな。誰がテメェなんぞに使われてやるか」

「ソル、済まんがちっと黙ってくれ。話がこじれる」

 ソルへ釘を刺し、不機嫌そうにそっぽを向いたのを見るとクリフはカイへ向き直った。

「いいか、カイ。使うんじゃない、共に戦うんだ。仲間ってなそう言うもんだろ?」

「それは解っています。しかしこの男は」

「そうだ、こいつならお前と共に戦える。お前に必要なのは部下じゃない、同じ場所で背を預けて戦える仲間だ」

 カイの言葉を無理矢理断ち切ってクリフは言うが、一層不満を声高にする。

「こんな男に背を預けろと!?冗談にも程があります!」

「おい、ジジィ。俺もこんなガキの子守なんざまっぴらだ。帰るぜ」

「約束を忘れたか?」

「……ちっ」

「なぁ、カイ。この男の力量は俺が引退した後、お前と対等の場所に立つ者として十分だ。
むしろ他には居ないと言っても良い。それでも不満か?」

「えぇ、全く持って不満だらけです。こんな粗野で野蛮で協調性の欠片もない自分勝手な男に背を預けるなど無理な話です」

 あまりに激しい剣幕にクリフはソルを窺う。

「何でお前こんなに嫌われてんだ?」

「軽くからかったくらいだ。それでいきなり斬りかかってきやがるし」

「はぁ!?本当か!?」

 苦虫を噛みつぶしたようなソルと、それを敵意丸出しで睨むカイの様子にクリフは呆れて天を仰いだ。

「そんな事言われてもなぁ、もう手続きしちまってるし」

「何故一言も相談がないんです!いえ、それはもう良いので今すぐにでも退団させて下さい!」

 基本的に人事の最終決定権は団長が持っており大隊長は口を出せない。

 故にクリフは強気に笑った。

「ま、お前が団長になるまで一緒に戦ってみろ。お互いの良い所が見つかるかもしれんぜ?」

 2人から一斉にブーイングが上がるが長年団長職を務めてきた古狸は振り向きもせずに本陣へ歩いていく。

 ソルは舌打ちし悪態をつきながらそれに続いた。

 その背中に雷撃を打ち込みたい衝動を抑えながらカイは剣を回収し自分の部隊へ向かう。



 人間とギアとの血色の蜜月が終わるまであと僅か。

 これが聖戦末期の熾烈な戦闘において常に血風を起こす雷帝と炎竜の邂逅。

 そして、黄金の刻を計る砂時計の一粒が落ちたのは正にこの瞬間だった。




end

'06.10.09  月代 燎


…カイソルって言い張ってみます。
何故ACのメインビジュアルからどうしてこんな殺伐とした話ができるのか自分に訊きたいです。

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