Haine charmante
−愛しき憎悪−
柔らかな光の満ちる部屋に無機質でありながら音楽的なペンを走らせる音が響いていた。
時折紙を捲り指が字の上を滑る間奏が入り、そしてまたペンによる独演が始まる。
一定のリズムで保たれたその部屋は聖騎士団団長カイキスクの執務室だった。
戦場に於いて鬼神の如き働きをする年若い団長は机上の戦いに於いても手を抜いたことはない。
相手が作戦上の障害であれ政治的な敵であれカイはそれらを等しく葬り去る。
ただの作業のような淡泊さでギアも人も斬り捨てるのだが、 そのカイの手腕をもってしても唯一倒すことの出来ない男が居た。
それは味方であるはずの騎士団員なのだがカイはその男を嫌っている。
憎んでいるといってもいい。
利害以外で無意味な闘争を起こすのは愚の骨頂であるし感情一つで敵を作るなど愚策でしかないのだが、飼い慣らしてきたはずの激情がその男の前ではざわめく。
カイは手を止めペン先を丁寧に拭ってからペン立てに差し込んだ。
同時にノックもなく扉が開かれる。
「何度言えば解る。部屋に入る時はノックをしろ」
険しい視線と言葉をぶつけられた男はそれを鼻で笑った。
ソル=バッドガイ。
カイはソルを嫌いだと公言して憚らない。
「ほらよ、書類」
「足りんぞ、未提出があと6件だ」
「経過にしろ結果にしろ同じ場所で戦ったんだ。テメェも知ってることしか知らねぇよ」
「隊長には報告義務がある。それを疎かにするなら部屋を取り上げるぞ」
他人に干渉されるのを嫌うソルは個室を持てるというので面倒だと言いつつ大隊長を務めていた。
その部屋を取り上げられるのは流石に遠慮したい。
苦い溜息を吐いてソルはやれば良いんだろうと投げやりに答えた。
カイはその様子をさも面白そうに見遣り笑う。
「そんなに部屋を追い出されるのが嫌か?私物は何も置いていないのに」
ソルはカイが自分の部屋の模様を知っていることに驚いたが、以前一度踏み込まれているのを思い出した。
その時は室内をよく観察する暇など無かったはずだがカイなら一瞬でそれを把握し今まで憶えていたとしても違和感がない。
驚きを誤魔化すようにぼそりと返す。
「相部屋じゃ落ち着いて眠れねぇだろ」
「男を引っ張り込むなよ」
「しねぇよ。坊やの嫉妬は怖いからな」
書類を確認しながらさらりと言われた言葉にソルは茶化すかのような言葉を苦々しく吐き捨てた。
この坊やは無駄な戦いをしない。
裏を返せば有益な戦いを行うのに躊躇いを持たないということでもある。
特に己の敵を葬り去る時は容赦がない。
以前ソルに近付いた団員は最前線に送られ戦死している。
裏切り者や密通者として処分されるよりは遙かにマシだが結果は同じだ。
事の発端となったソル自身はこれ以上騒ぎを大きくして混乱する方が危ういと沈黙することを選んだ。
聖騎士団の敵はギアだけではない。
しかし時折本当にこれで良かったのかと思うこともある。
客観的な証拠が全て処分さた今となってはどうしようもないのだが。
被害者である筈なのに共犯者のような気分だ。
ソルの台詞にカイが反応し、視線をそちらへ向ける。
「嫉妬?それではまるで私がお前のことを好いているようではないか」
「………違ぇのかよ」
カイはソルのことを嫌いだとはっきり言い切っている。
そう言いながらソルを自室で、或いは執務室や適当な暗がりで抱くのだ。
その関係を悟られない為の演技だと思っていたのだが、カイの驚き方を見ると違うらしい。
性欲処理の為に抱かれてやっているだけで、ソル自身は特別な感情は持っていないのだがカイのほうは直情な感情が違う方向に向かっているだけで、好意そのものはあるのだと思っていた。
だがいつまで経ってもカイが目を大きくしているのを見ると気抜けした。
正直に言えば少々恥ずかしい。
ソルは馬鹿馬鹿しいと一つ舌を打って背を向ける。
カイが好悪の別なくソルを抱くのなら今後もその関係は続くのだろう。
ならば何を言おうが同じだと。
「私は」
改まった様子を背後に感じてソルは首をめぐらせる。
「私はお前の手足を切り落とし腹を裂いて生きたままその臓腑を野良犬に喰わせたいと思うのだが、これも愛情の一種だと思うか?」
あくまでも真顔のままカイがグロテスクな言葉を口にすると質の悪い冗談にしか聞こえない、ということをソルは学習した。
そんなことは学習したくなかったのだが。
ソルは溜息を吐きながらそれを本当に質の悪い冗句にしてしまう為無理矢理に笑ってみせる。
習慣というのは恐ろしいもので、ソルのその笑みはいつものような皮肉っぽい笑みになっていた。
「そうかもな、愛憎は紙一重って言うし」
「ふむ、そうか」
本当にそのまま納得しかけるカイの頭を遠慮無く叩いてんなわけあるか、と突っ込む。
「テメェと話してると疲れる…」
ウンザリと言ってカイに背を向けると扉に手をかけた。
ソルはその瞬間本能的にドアノブから手を放し倒れ込むように殺気から身を躱した。
ビィイイイン…
シュルレアリズム絵画のようにペンが堅い樫材に突き立っている。
「外したか」
カイは特に感慨もなく何かを投擲したポーズのまま平坦な声で呟いた。
執務机のペン立てから万年筆が消えているのを目の端で確認したソルが怒鳴る前にカイは微笑する。
唇の端だけをつり上げるアルカイックスマイル。
彫像のような笑みは、しかし碧い瞳の奥で仄暗く燃える憎悪によって人間と化していた。
背筋が凍り付くような凄味のある笑顔を崩さずにカイが口を開く。
「私以外に殺されたりするなよ」
暫くの沈黙の後、ソルはゆっくりと立ち上がりペンを扉から引き抜いた。
「テメェにも殺されてやるつもりはない」
ペン先の壊れた万年筆を投げ返しそれを受け止めながらカイは喉の奥で笑う。
「殺されてくれるような獲物なら最初から狙ったりせん」
精々気を付けるんだな、という楽しげなカイの言葉を背中で聞きながらソルは乱暴に扉を閉めた。
end
'07.05.28 月代 燎
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お寒い話ですみません、特に女王の方が惚れてるっぽくて(そこか
本の話から微妙に繋がっていたりいなかったり。
鬼畜っつーよりもただの危ない人ですよ団長。
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