Epiphanie

---Galette des Rois---






「いらっしゃーい!ゆっくりしていってね!」


 元気な少女が笑顔でカイを迎え、彼はそれに苦笑する。


 カイが乗りこんだのが非合法の飛空挺‘メイシップ’だからである。


 その船長であるメイに警察機構の重鎮たるカイが歓迎されている。


 事情を知らなければ何事かと思うだろう。


 単に買い出しに来ていたクルーに見つかり、公現節のパーティーをするから来ないかと誘われただけだ。


 それだけで空賊の船に乗ったりはしないカイだが、途中で見かけた‘彼’を乗せていると言うから来たのである。


 実に動機が不純だ。


「お、カイの団長。とっ捕まったの?」


 一気飲みでもしている所為かパーティの所為か知らないが酒に強い筈のアクセルが妙なテンションで絡んでくる。


「今日は無礼講だ!飲め!!」


 梅喧がやや据わった眼で度のきつい酒の入ったグラスを突きつけた。


 断ったら斬られそうな眼をしている。


 っていうか斬られる。


 闇慈やチップが無責任に煽り立てていて、カイは苦笑しながら一気にそれを飲み干した。


 周囲から感嘆の声が漏れる。


 カイが顔色一つ変えなかったからだ。


「お酒はほどほどに」


 やんわりとそう言って‘彼’を見なかったか尋ねる。


「さっき外に出てたけど」


 ジョニーに連れられて、と意外と酒に強いミリアが答えた。


「済みません、ちょっと見てきます」


「あ、ジョニー呼んできて♪ケーキ切るから」


 メイの言葉におざなりに答え、慌てて風の強いデッキに向かう。


 後ろから呆れやら冷やかしの声が掛かるがそんな事には構ってられない。


 ソルとジョニーが並んで手すりに凭れて話している。


 カイは表情を保っていたつもりだった。


 が、幾分目つきが険しくなっているのが夜目にも解る。


 夜でもサングラスを掛けたままのジョニーがカイに気付いた。


「よぉ、ハンサムボーイ。そんな面してると仕事に来たとみなして叩き出すぜ」


「封雷剣は置いてきました。いくら私でも貴方方相手に素手で挑む気はありませんよ」


 そう言う言葉にはたっぷりと敵意が含まれている。


「おぉ怖いねぇ。どうだい、ソル?こんな気の短い子供は止めて空で暮らさないか?」


「ご免だな。群れんのは嫌いだ」


 大仰に肩を竦めるジョニーにいい気味だとカイが冷ややかな視線を送る。


「メイさんが呼んでましたよ。ケーキを切るとかで」


「仕方ねぇな。ソル、俺は何時でも歓迎するぜ。ディズィーも喜ぶだろうしな」


 言うとソルの髪を一房取って口づける。


 ソルより早くカイが拳を固めたが、絶妙のタイミングで黒衣の快賊は船内へ逃げていった。


「全く、油断も隙もあったものじゃない。お前ももう少し気をつけろ」


「何にだ?妬いてんのか、坊や」


「…解っていてやっているのか?」


「てめぇが来るって知ってたら最初から来なかったぜ」


 ジョニーとは違う仕草で肩を竦めて、船内の明かりに背を向けると煙草を取り出す。


 カイもその隣で手摺りに肘をつき星空を見上げた。


 白い煙が流れる。


「怒らねぇのか?」


 ソルは銜えた煙草を軽く上下させながら訊く。


「一本だけだ」


 そうかよ、と言って独特の苦みがある煙を味わう。


「何をしていた?」


「別に。いつも通りだ」


「私は忙しかった。お陰でお前がこんな所にいるのも判らなかった」


 カイは横目で睨んだ。


「仕事熱心だな」


 結構な事だと素っ気なく言って白い煙を吐く。


「ソル」


 強い口調で名を呼ばれて多少身構えた。


「大事なかったか?」


 ソルの事を知っている割には妙な台詞だがカイは真面目にそう訊いた。


 だからソルも気が抜けて、ついまともに答えてしまう。


「別に、何もなかったぜ」


 言ってから坊やには関係ないと言えば良かったと思った。


 しかし、それは良かったと本心からの笑顔で喜ぶカイに、わざわざ言ってやる事もないかと口を閉ざす。


「来年もこんな風に集まって騒げたら楽しいだろうな」


 私がここに来るのが好ましくないとしても、と笑って付け加えた。


 いつもの営業用の笑顔でなく、年相応の表情でそう言う。


 ソルはそれからつい、と顔を逸らして煙草を焼き捨てた。


「そろそろ中に入ろう。ケーキを貰い損ねてしまう」


「坊やだな」


「祭りなら騒ぐ方が楽しいだろう」


 ソルはエスコ−トするように差し出されたカイの手を叩いて賑やかしい船内に入る。


「あ、遅いよ〜。ハイ、最後どっちか取って!」


 ずい、と差し出されたケーキは二切れを残すばかりだった。


「坊や、やるから二つとも食え」


「駄目だよ!まだ王様決まってないもん!」


 何の事だ、と訝しげな視線に気付いたディズィーがガレット・デ・ロワを配っていたんですと説明した。


 王様のケーキと呼ばれるそれにはフェーブと呼ばれる人形、もしくは一粒だけのアーモンド、が入っていて切り分けた中にそれが入っていた
人はその日一日紙の王冠を被り王様になれる。


 だからといって微妙な真剣味を持って切り分けたケーキを食べる一同は端から見ると少々不気味だった。


 二人がそれぞれ利き手に近い欠片を取って食べようとする。


「あ」


 メイがぽかんと口を開けて二人が持つケーキを指さした。


「どうかしましたか?」


 カイが問い、ソルがケーキを見て固まる。


 釣られてカイも見た。


 二人の取ったそれぞれのケーキから綺麗に半分に割られたアーモンドが覗いている。


 奇妙な沈黙が船内に満ちた。


「あの、こういう場合どうするんですか?」


「どうって言われても…」


 メイが助けを求めてジョニーを見遣る。


 気抜けしていたような快賊は我に返ると軽く肩を竦めた。


「別に王様が二人でも良いんでない?」


 所詮ゲームだし、と付け加えるのも忘れない。


 ジョニーの言葉に破顔したメイがそうだよね〜と言いながらご丁寧に金紙で作った王冠をカイの頭に乗せた。


「似合うね〜!」


 他の参加者もがやがやと囃し立てる。


「じゃ、今日はソルさんとカイさんの奢りって事で!!」


「…ちょっと待て!」


 一同拍手喝采、その一拍後に事態が飲み込めないソルが声を上げた。


「何で俺がテメェ等に奢ってやんなきゃならねぇんだ!」


「民衆を養うのが王様の仕事だから、ってジョニーが」


 メイが悪気無くそう答える。


 ジョニーを睨み付けるがあっさりと流されてしまう。


 他の面々が真剣になっていた理由が分かった。


 これだけの人数で飲み食いすれば半端な額ではないはず。


 自分にフェーブが来ないよう祈りながら食べていたのだ。


 まともに怒るのが面倒になったソルは溜息を吐いき、そのソルにカイが珍しく遠慮がちに声をかける。


「ソル、すまないがこの場はお前が払ってくれないか?」


「あぁ?!」


 真面目なカイがそんな事を言うと思っていなかったソルが声を荒げた。


「今は個人とはいえ私は警察の人間だ。警察官から犯罪者に金が流れるのはどんな事情があろうとも好ましくない。


 後で全額返すから頼む」


 確かにカイの意見は正論だ。


 第一そこまで金に執着がある訳ではない。


 結局もう一つ溜息を吐いて


「勝手にしやがれ」


 と、言う事になった。




end

05.01.03   月代 燎

新年から踏んだり蹴ったりのソルでした。

因みにジョニーさん、払えない奴が当たったらただ働きさせるつもりだったようです。

実は去年食べたガレット・デ・ロワが元ネタ。

そう、去年の一月から書いてたんですよ!

何という遅筆!(本当にな)



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